住める家がない 世界の各都市を悩ます住宅危機、有効な対策は?
空き物権がない、あっても価格が高すぎる――世界各地で住宅危機が発生するなか、国や自治体がさまざまな対策に乗り出している。だが安易な介入は副作用もある。
昨年12月、欧州10都市が欧州委員会に対し、住宅危機への対策を最優先に据えるよう求める公開書簡を発表した。
欧州委員会は対応として、手頃な価格の住宅計画を策定することを約束。住宅担当の欧州委員を任命した。
スイス第1の経済都市チューリヒ市も、規模は違えど同じ対策に出た。昨年「住宅担当官」を任命し、空室率0.07%という同市の住宅危機の収拾という使命を負わせた。
これらの例からわかるのは、政治家は問題を認識しているということだ。だが政治家が解決策を心得ているとは限らない。不動産市場への介入はすべて成功するわけではない。世界6都市の例とその教訓を探ってみた。
バーゼル)家賃統制のリスクと副作用
バーゼル市では「住宅保護委員会」が増改築や建て替え後に家賃の値上げの可否を判断する。同委員会は2021年の住民投票で住民の支持を受け、設置された。
これには、改修工事後などに大幅な値上げをするといった慣行を阻止する狙いがある。だが収益見通しの低下により、投資意欲が減退するという副作用ももたらしたようだ。
不動産コンサル企業ヴュースト・パートナーに外部リンクよると、バーゼルでは住民投票以降、新築・増築の申請が大幅に減少している。スイスのなかでも特異な現象だ。
値上げ規制が新築・改築を後退させるという副作用はパリやベルリンでも発生した。
ベルリンでは家賃規制の導入により賃貸物件が分譲として売却される事例が相次ぎ、連邦憲法裁判所は規制の無効判決を下した。パリでは、非公式な賃貸アパートを取引する闇市場が出現した。
バルセロナ)謎の空室率
バルセロナのような観光地では、貸し別荘ビジネスの家賃押し上げ効果をめぐって激しく議論されている。だが一方で、空室が埋まらず市場から撤退するアパートが著しく増加している。
民泊仲介サイトのAirbnb(エアービーアンドビー)も、「バルセロナの空室数は民泊の営業許可件数のほぼ8倍」という公式統計を引用して不満を唱える。
リスボンやパリ、アテネでも休暇用アパートよりも空きアパートの方がはるかに多いという矛盾を抱えている。
それには様々な要因がある。修繕のための資金が足りない場合もあれば、相続人が遺産分割や処分について合意に至っていない場合もある。
規制の影響も見逃せない。マドリードのIEビジネススクール講師、フアン・ベラヨス氏は独経済紙ハンデルスブラットで、バルセロナの空室率増加の主因は、住宅法改正で借り主が最低5年間の賃貸契約を要求できる権利を得たことにあると指摘した。
「3年後に大学に通い始める子どもを持つ人が、それまでの期間所有アパートを貸し出すなどありえない。不合理な規制だ」
バルセロナ市は6月、民泊事業を2028年までに禁止し、これまでの約1万戸の認可も取り消すと発表した。
ウィーン)ヨーロッパの神童
ウィーンの家賃は平均してロンドン、パリ、ダブリンの3分の1――コンサル企業デロイトは2024年の報告書でこう試算した。ウィーンは住宅政策におけるヨーロッパの神童という評判を確固たるものにした。
主な理由は、国営住宅の建設や住宅建設への補助金投入だ。ウィーンでは、人口の半数以上が国営住宅または協同組合住宅に住む。自由市場の外にある住宅だ。
長期にわたる土地政策がこれを可能にした。1918年のハプスブルク帝国崩壊後、多くの旧帝国領が共和国に、そして一部はウィーン市に割譲された。
他の多くの都市とは異なり、ウィーンは公有地を私有地化しなかった。むしろ優先購入権や1980年代に設立された土地基金を通じて、市は体系的に不動産の公有化を進めた。
だがウィーンモデルにも欠点はある。民間市場で取引される住宅の約4割は、他のヨーロッパの都市と同じく価格スパイラルが起きている。
シンガポール)マイホームが標準
都市国家シンガポールの住宅市場は世界的に見ても異端だ。全物件の7割以上が「住宅プログラム」に基づいて建設された。公式統計によると、人口の8割以上がこうした住宅に住む。
住宅開発委員会率いる住宅プログラムは、実質的に広範な住宅の国有化だった。1960年代に始まった大規模な土地収用によって可能になったが、実態は没収に近く、市場価格よりも低い価格で土地が購入されることが多かった。
シンガポールでは、国の住宅は契約期間99年で住民に貸し出されている。その内実は、国による土地の恒久管理だ。
シンガポールモデルに対しては、政府が住宅政策や家族政策として住宅を濫用しているとの批判がある。例えばアパートの入居申請において結婚した異性愛カップルが優遇される。
規制を無視して公的住宅が市場で売買されていることにも批判がある。中心部の人気エリアは中古市場で高額取引されており、若い世代には手が届かない。
東京)高密度化と自由化
東京は1960年代以降、住宅需要を満たすために高密度開発政策を推進してきた。建築規制は再三緩和され、新築の高さ制限も改定された。
重要な役割を果たしている規制措置として、2002年に施行されたマンション建替円滑化法が挙げられる。来年4月に発行する改正法で、マンションの解体や新築に必要な区分所有者の同意要件が緩和される。自治体の許可があれば、建て替え後の建物について高さ制限を緩和できる特例も盛り込まれた。
東京の建物の寿命は他国に比べて短い。不動産会社ハウジングジャパンが今年初めに発表した調査によると、鉄筋コンクリート造の寿命は47年、木造では21年と推定される。
東京は過去数十年、主に民間住宅市場を通じて人口密度を高め、人口急増を吸収してきた。その結果、公営住宅や非営利住宅の供給量は少ない。だが近年、都心部の不動産価格と家賃はうなぎのぼりだ。
バンクーバー)購入禁止は手遅れ
カナダのバンクーバーは長年にわたり、国内不動産市場に外国資本の流入が増加するのを目の当たりにしてきた。中国と中東からの投資家が中心となり、中心部に位置する物件を購入し、多くの場合は投資目的だった。住宅の多くは空室となる一方、中流階級にとって住宅購入は夢のまた夢になった。
約10年前に批判は頂点に達し、市は対応を余儀なくされた。2016年、バンクーバー市は外国人購入者に対して課税し始め、さらに空き家税も導入した。
またカナダ連邦政府は2023年、一部の例外を除き、国全体で外国人による不動産購入を禁止した。
スイスでは1985年の住宅購入禁止法(コラー法)がその効果を示す実例となっている。例えばロンドンのケンジントンなど都心部では深刻な住宅不足の一方で大量の空室があるのに対し、チューリヒやジュネーブに空室はほとんどない。
最善策はどれ?
家賃上限や解約規制などの民間規制を導入しても、住宅価格を持続的に統制することはできない。
迂回措置が取られるか、収益性を求めて投資が別の分野に流れて建設活動が衰退し、新たな住宅不足を招くことになる。
政府が民間部門を規制するならば、必然的に政府自ら住宅を建設することになる。それには建設用地が必要だが、多くの大都市では土地が不足している。
つまり法治国家では、資本集約型かつ長期的土地政策なしには大きな変化は期待できない。
代替案としては、法的な建築規制を緩和し、高密度化を許容することで、新築や建て替えを促進する手がある。だが都市計画上の衝突や、分配の問題も引き起こす。
世界的に広く行われている手段として、人口密度の上昇に合わせて非営利住宅を一定割合設けるよう義務付けることで、付加価値の一部を公共に分配するというものがある。
だがこれにも、並行市場が形成されて手の届かない価格に値上がりするという欠点がある。公共部門が過剰に利益を搾取すれば、民間の建設活動が阻害される可能性もある。このため、為政者と建設業界の間で合意点を見出す必要がある。
国内外から需要の高い地域での空室を避けるために、永住権を持たない外国人の購入を禁止することは効果的が高く、支持を得やすい対策だ。
編集:Balz Rigendinger、独語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:宇田薫
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